グラフィックデザイナーがデザインしたシューズ、 TOUNのデザインの裏側
#Design
グラフィックデザイナーがスニーカーをデザインする TOUN。その始まりとは?
TOUNのブランドデザインを手掛けるオフィスキャンプ代表の坂本大祐氏と、プロダクトデザインを手掛けるデザイナーの山野英之氏。TOUNのデザイン領域を担う二人に、着想のきっかけやコンセプト、プロダクトへの落とし込みまで、TOUNのデザインの裏側について聞きました。
平面の視覚表現を対象とするグラフィックデザインと、立体のプロダクトを対象とするプロダクトデザイン。同じデザインという領域とはいえ、専門性が異なるグラフィックデザイナーである山野氏にデザインを依頼したキッカケとは?
坂本「オリエンタルシューズさんからブランディングのご依頼をいただき、話を進めていく中で自由度の高いスニーカーにしましょうというヴィジョンが決まっていきました。デザインをどうしようかと考えた時、“自分たちは奈良に住みながら奈良のことを考えている。けれど、外に出た人が奈良のことを見てくれた方がいいかもしれない”と、ふと思ったんです。外からの視点がまた僕らとは違う世界を見せてくれるんじゃないかなぁと。そう考えていた時、山野さんのことが頭に浮かびました。ものに対してこだわりの眼差しを持っている人であり、本質的な部分で仕事をする人だと知っていたので。彼は奈良出身者でもあり、今は東京に住んでいる。いいかもしれないと強く思いました」
山野「グラフィックデザイナーがスニーカーのデザインと聞くと驚かれるかもしれませんが、僕自身は“YAMANOMAX”をやってきていたので、喜んで引き受けました。“YAMANOMAX”というのは、カスタマイズシステムを使って知り合いのスニーカーをデザインして、そのデザイン画をプレゼントするというプロジェクトです。それで気に入れば、自分で注文してもらいます。自分であれこれデザインするって楽しいんだけれど、意外と買わなかったりしませんか? 作るという楽しみと買うという決断には、意外と距離があるものなんじゃないかと思っていて。だから「あなたのスニーカーをデザインさせてください」とFacebookで伝えてみたら、意外とオーダーをたくさんもらった。僕はグラフィックデザイナーという職業柄、デザインを決めていく作業には慣れていて、こういう既存のシステムを使って、シリーズとしての作品を作るのも面白いなと感じて楽しかったんです。ちょうど初めての自粛の頃にも、淡々と毎週20人分くらいのスニーカーをデザインしていて、別にお金を稼ぐわけでもないんですけど忙しかった(笑) 2ヶ月後にデザインしたスニーカーが届くのですが、お願いしてくれた人たちの自粛期間中のちょっとした楽しみになればとも思いました。」
坂本「僕も“YAMANOMAX”持っています(笑) とても面白い試みだと思ったし、実際にデザインしてもらったスニーカーはとても気に入っています。様々な理由はあれど、山野さんが一からデザインするスニーカーを見てみたいという興味が1番大きい動機だったかもしれません」
グラフィックデザイナーでありながらも、個人プロジェクトとしてスニーカーデザインを楽しんでいたという山野氏。そして、それを気に入って履いていた坂本氏。そういったシンプルに出来事を楽しむという現象から、「山野さんが一からデザインするスニーカーを見てみたい」という欲求が生まれ、それがキッカケとなって実現していく。
靴のコンセプトは「奈良で生まれる新しいスニーカー」
山野「“奈良で生まれる新しいスニーカー”が最初のお題としてあったので、それを基に考えはじめました。一度工場を見学させてもらって、まずはシンプルに自分が欲しいスニーカーはどんなものかイメージしてみたんです。あくまでもファーストインプレッションとして。ものを買う時って、コンセプトや背景はもちろん大切だけれど、最初に見た時に欲しい!と思うかどうかがとても重要。だからこそ、自分がどんなスニーカーが欲しいのかまず描きだしました」
坂本「そこから“奈良”という部分を掘って考えてくれたんですよね。最初のプレゼンの時に、デザインはもちろん、奈良をこう落とし込んだのかと、とても惹かれたのを覚えています」
山野「デザインを基にしながら、履物の歴史や奈良の時代考証を深め、紐付けていきました。靴底の種類やスニーカーが生まれた時代の奈良の産業を調べたり、奈良だから亡くなった鹿の革を使えたりしないのか?なんてことまで半分冗談半分本気みたいな感じで話したり。履物の機能、メーカーの技術、奈良の歴史、という三つの観点から考えていきました。そういう作業を重ねているうちに、少しずつ点が線として繋がっていく感じがあり、この3型が生まれたんです。1足で奈良を表現するのは難しいし、そんな話じゃないんじゃないかなとも思いました。3足の変遷で奈良を表現する。それがまた面白いなと」
一般的にスニーカーは、1型作って、そのカラーバリエーションを増やしていくという展開が多い。しかし、TOUNは3型で1色。履物の歴史を辿ることで奈良を表現している。
山野「まず左から、足を包む道具としての履物の始まり。履き口に2箇所切れ目を入れることでタンができます。次は、水場での作業や動きやすさという機能性を備えたスニーカーの始まりとしてのデッキシューズを現代的に解釈したもの。そこからさらにストリートファッションとして広がっていったイメージ。というようにスニーカーの変遷の3段階を表しています。」
坂本「3型のモデルを通して時間の流れを表現する、そして、それが奈良らしさである。その落とし込みにはとても納得しました。“奈良らしさ”のあり方が、それぞれのクリエイティブの特徴やセンスだと思うんですが、どうしても古いものや、鹿や寺といった一般的なイメージを表層として取り入れがちになるところを、この捉え方は、聞いた時にとても面白いと感じました。奈良に住んでいる僕自身が欲しいと心から思えて、そこはやっぱり大事な部分じゃないかなと」
3型1カラーという形。グリーンを定番とし 毎年1色ずつ新色が生まれていく
山野「グリーンを選んだのは、奈良に自然が多いということもありますが、ジェンダーも意識しました。建築のサイン計画などでは、性差がない場所に緑を使うことも多いので、この色を定番としてずっと存在させながら、毎年入れ替わりで1色だけ新作が出ていくという提案です」
坂本「そうですね、ニュートラルなイメージであって欲しいと僕も思っていました。TOUNはファッションとプロダクトの間にあると思うし、そういう風にいろんな意味でボーダーレスな存在であって欲しいというか」
山野「坂本さんの外から奈良を見てほしいという思いがあったからこそ、僕に依頼がきたわけですが、やはりそういう観点がこの商品の特徴に繋がったんじゃないかと思います。奈良の中だけで作っていたら、もっとクラフト寄りになったり、もう少しカチッと隙のないものが出来てたかもしれないですね」
坂本「そう思います。今回はスニーカーデザインというプロダクトに関しては山野さん、グラフィックまわりはオフィスキャンプ、というように役割分担はなされていました。けれど、山野さんからグラフィックに対して助言があったり、プロダクトに関しても話し合いをおこなったりと、お互いいい塩梅で刺激を与えあいながら客観的に進めてこれたことも良かったです。ブランド名についても一緒に意見を出し合いながら決めました」
山野「TOYOという名前がもともと決まっていて、それが使えなくなったので、そこから考えていきました。昔の履物全般を指すtouという奈良時代の言葉があって、さらに“東雲”には何かが生まれるという意味があるのですが、その意味や響きがコンセプトとマッチする。そういった経緯でTOUNに着地した感じですね。僕はTOUNは、奈良で切磋琢磨が生まれるプロジェクトであって欲しいと思っています。メーカー(オリエンタルシューズ)とクリエイティブファーム(オフィスキャンプ)がブランドを作って共に成長していくということのきっかけとして僕が参加しているという感覚があります。もちろん今は1年目なので、みんなで一緒に考えて作っている感じはありますが」
坂本「この1年の間、僕らや山野さんのデザインに対する考え方、プロジェクトのあり方をオリエンタルシューズさんとも一緒にシェアしてきました。スニーカーを持って、奈良以外の土地に出向く機会もあり、そこで感じることもきっとあったと思います。奈良という土地を背負っているというか、自分たちが産地であるという感覚がオリエンタルシューズさんにもぐっと増した気がしています」
山野「遠くの目標を目指すことと、手前の課題をこなすということがあると思いますが、今の段階では思いの外遠くにボールを投げることは出来ていると思うんです。ただ、手前の課題に関してはまだ模索中なので、その良いバランスを見つけていきたい。真面目に作られているプロダクトであり、モノとしての魅力もあるはず。だからまずはもっと広く知ってもらうことが必要だと思っています」